うえけんのTOEIC劇場

いかにして40歳からのやり直し英語にハマったのか?

恋に破れTOEICに打ち込む

 心がぽっかり空いたなら…

 私の会社で聴いた話。

 採用時のTOEIC300点台から、900点に挙げ、いまや、海外で活躍するグローバルな人材になれたという女性がいる。

 その人の話によれば、地方勤務に配属された際、学生時代から続いていた恋愛に終止符を打ち、空虚な気持ちを、TOEIC試験にぶつけたという。

 そしてら、おもしろいようにスコアが上がったので、TOEICテストが病みつきになったという。その実績を買われて、本社に呼び戻された際、海外赴任の話が出て、米英駐在5年間を経て、現在は、母として、10年ぶりに国内勤務に戻ってきたという。

 もちろん、いまでこそ、人がうらやむような経歴だか、本人は血のにじむような努力をしたことだろう。

 こういう話を聞くと、身が引き締まる思いであると共に、上には、上がいるんだなぁ、なんて、虚しくもなったりする。

 英語の勉強のモチベーションの維持は人それぞれである。

 その人は、きっと、恋人と別れたことが、よほど辛かったのだろう。

 だからこそ、「自由な時間を持て余すのが嫌で、英語の勉強をやり直した」と述べていた。

 彼女の話は、英語の学習する我々にとって、とても示唆に富んでいる。

 ひとつの恋を終えて、TOEICに恋したのだということである。

 「好きと嫌い」は裏腹の感じである。

 嫌いな人や、自分を袖にした人に対して、「いつか見返してやりたい」と思う気持ちは、人間にとって当然の感情である。

 そうした感情を、英語学習の動機づけにぶつけることができたら、どんなにいいだろう。

 私も(彼女ほどではないにせよ)、うちの会社は、英語ができる新人社員には、甘々なところがあって、大した経験もないくせに、偉そうなことばかり言う若手が多い。

 しかも彼らや彼女らにヘソを曲げられてしまっては、仕事にならない面もあり、ますます、勘違いの態度が増幅させられる。

 厳しいことのひとつでも言ってやりたいと思うのだが、英語にコンプレックスを感じている自分としては、「負け犬の遠吠え」になってしまう。

 では、どうするか?

 自分も英語を勉強して、少なくても、彼らに馬鹿にされないだけの能力を身に付けるしかない。

 人間、上を見たらきりがない。

 でも、上に近づこうとする努力は大切なのではないだろうか。

 確かに言えることは、アナタよりも英語ができる彼らは、当然、アナタ以上の努力をしているはずである。

 そのあたりの想像力を働かせることが大切である。

 恋に破れて、TOEICに恋する。

 そんな生き方があってもいいではないか。