TOEIC試験が大好きです
何のためにTOEIC試験を受けるのか?
出世のため?収入アップのため?海外赴任のチャンス?
それとも仕方なく?
私のような所帯持ちの人間にとって、家族サービスをないがしろにして、休日に、TOEICの勉強をしたり、日曜日に本番の試験を受けたりしている。
その都度、家族、特に妻には申し訳ないという気持ちでいっぱいである。
妻は、妻で、機嫌がいいときは、「がんばって」などと応援している言葉を投げかけてくれることもある。
しかし、大抵、この歳(45歳~50歳)になって、TOEICを受けることに関して、
「アナタには、英語の才能がないから、受験しても金と時間の無駄」
とか、
「今更、TOEICを受けて何になるの?もっと他にやることがあるでしょ」
とか、
「英語は、貴方よりできる人がたくさんにいるから、その人たちに任せればいい」
とか、そんな辛辣な言葉を投げかけてくる。
そのたびに、一体、私は何のために頑張っているのかと虚しく思える。
40歳で大病し、仕事を干された身にとって、英語でスキルアップして、もう一度、仕事の最前線へ浮上したい、という気持ちがどうしてわかってくれないのだろうか。
TOEIC高得点という「逆転ホームラン」を狙って、毎日、がんばっている。
そうはいっても、仕事を続けるため、とか、家族を養うため、という理由でのTOEIC受験は、とかく妻は「重たい」と感じているらしい。
あるとき、「TOEICの試験が好きなので受けたい」とポツリと言ったとき、珍しく妻が「それでいいんじゃないの」と賛同してくれた。
そうだ、確かに私はTOEICテストが好きなのだ。
統計的に処理された「客観的数値」によって、割り出されるスコア。
そのスコアを上げるため、毎日、対策を講じる。
スコアに一喜一憂する。
公式問題集や対策通信講座をやって、本番に向けて準備を怠らず。
そして、試験当日を迎える。
試験会場の最寄駅などから、明らかにTOEIC受験者たちとわかる一団に混じる。
若者が多い受験生の中、ちらほらと目にする、私と同年代と、さらに先輩方。
こうして、若者に交じって、おじさん、おばさんたちも頑張っているんだぞ、
そんな励みになる。
会場入りして、着席する
そして、マークシート解答欄が配布される。
みんな、目標とするTOEICスコアに向かって、日頃の成果を発揮させたいと願う。
そして、試験開始。
脳みそフル回転、怒涛の2時間が過ぎる。
試験終了の合図、なんともいえぬ解放感。
解答用紙を回収される段になって、数週間後の成績発表に期待する。
次なる試験に向けて、また、受験終了から、更なる準備が始まる…。
ああ、TOEICを受験したい。
どうして、抽選方式になってしまったのだろう。
どうか、今回の抽選では、当選しますように。
そして、いい歳をして、また、あの緊張感をぜひ味わいたい。